Workshop 教材開発
紙彫刻
2017年、私のゼミ生だった知名美咲さんの附属小学校教育実習をきっかけに、ジュースの紙パックで紙彫刻をつくることを思いつき、これを教材に出来るのではないかと工夫した。
紙パックを切り離さず切り込みを入れ、この折り方や曲げ方、そして置き方を変えることで、様々な形態を作り出すことができる。
ピカソの紙彫刻〈ギターのマケット〉から始まる現代彫刻の流れや意味を考えることもできる、面白い教材になる予感がした。
まずは、その形態の変化をスライドショーにした私の試作品のショートムービーを観ていただきたい。
始まりは教育実習の造形遊び
2017年8月に、附属小学校教育実習に行った知名さんから、教材についての相談を受けた。図画工作の「造形遊び」の時間で、牛乳パックを使い、これを切ったり折り曲げたり、繋いだりする活動を行いたいという相談だった。
「造形遊び」の授業ということだったので、作品を作り上げるということではなく、切ったり折ったり曲げたり繋いだりする活動の中で様々な工夫が生まれたり、面白さを発見したりする個々の活動をしっかり見つめれば良いとアドバイスした。
あまり指導のようなことはせず、ルールは単純に、それぞれの児童がのびのびと活動できる環境を作ってあげたら良いと思っていた。
その中で、素材として牛乳パックに限定することが少し疑問だった。
ジュースのパックなら、色とりどりであるし、内側にアルミコーティングがしてあって、素材の面白味があるのではないかと思ったからだ。
理由を知名さんに尋ねると、給食で出たパックを利用するだけで、あまり牛乳パックにこだわっている訳ではなかったようだ。
それで、実際に授業で使わないとしても、教材研究としては、ジュースのパックも試してみたらどうか勧めた。
8月末に行った実習の研究授業は、あまり上手くいかなかった。活動としては、子どもたちが勝手に腰につけて走り出したり、教室に貼られたロープに引っ掛けて凄い集中力でひたすら繋いでいたり、面白がって様々な活動をしていたのだが、肝心の知名さんがやや舞い上がり気味で、個々の活動をしっかり見つめることが出来ていなかったように感じた。
また、教室の環境も、ロープの本数が少なめで、もっとロープを張り巡らした方が、様々な試みを始めたはずであった。
実習を行った知名さん本人も、この授業については、かなり不本意なところが多かったと感じていたようだった。
私はといえば、「造形遊び」の授業のアドバイスを求められていたのに、知名さんから渡された牛乳パックに適当に切り込みを入れて、初めは吊り下げたり引っ掛けたりしていたのだが、くるりと丸めて立たせたら、面白い形で自立したので、こちらの方が面白くなった。
今回の授業のアドバイスにはならないが、この自立する紙彫刻の方が面白い教材になるのではないかと思い始めていた。
丸め方を変えると、全く別の形になるのが面白いと思った。
知名さんにジュースパックの使用を勧めたので、家に買い置きしてあったジュースのパックを使ってみた。
パックにある印刷の形に沿って切り込みを入れてみたら、なかなか面白いかたちが生まれてきた。
内側がアルミコーティングされているので、丸めた形や折り曲げたかたちが崩れにくく、ちょうど良い強度があって、自立する紙彫刻の素材としてピッタリだった。
いろいろな角度から写真を撮ると。全く別の面白い形のように見えた。
普通に市販されているカラフルなジュースのパックを使って作ってみた。ストローも一つの造形要素として使えて面白いと思った。
やはり、一から自分で形を考えるのは難しいので、取っ掛かりとして印刷された図や色面を利用してハサミを入れ始め、徐々にバランスを考えながら切り進めた。
いったん出来上がった紙彫刻を写真撮影した後、切り込みはそのままで、折り方、曲げ方を変えて別の形を作ってみた。
このように、一つの切り込まれたパックから、別の形を幾らでも作ることができるのを面白く思った。
翌年、知名さんが、副免取得のため高校へも教育実習に行くというので、この自立する紙彫刻を授業で行ってみたらどうかと勧めた。
ちょうど、私が大学院の授業「協同実践研究」を担当していたので、ここで模擬授業の形で試してみることになった。
模擬授業なので、指導案に代わる「学びのマップ」を作成し、その一コマ分だけを実施することにして、知名さんにも聴講参加してもらった。
授業のねらいとして、「主体的な学び」「対話的な学び」「深い学び」へと学びが深化することが期待されるので、それぞれが実現できるよう工夫した。
まず、制作への動機、意欲を持たせるため、まずはジュースを飲んでもらい「えっ、この紙パックで作品を作るんだ!」という「驚き」を学びのきっかけにしてもらうことにした。
「対話的な学び」というのは、言語活動と捉えられがちだが、作品を交換して、相手の作り上げた紙彫刻を折り方、曲げ方、置き方だけで全く別の作品に変化させること、それがまた自分に戻ってきて、相手の造形を鑑賞しつつ、さらにまた自分自身の作品に作り替えていく、「造形の対話」を目指した。
この模擬授業では行えなかったが、現代彫刻の歴史と街にある彫刻などに関心を持ってもらうきっかけとなる簡単な講義形式の授業も構想した。
模擬授業の様子をショートムービーにしたのでご覧ください。
高校での教育実習は6月に行われ、知名さんは、6月5日と12日に「紙彫刻」の授業を行った。
左の写真の上は5日に制作された生徒の作品、下はペアになった相手の生徒がこれを作り替えた作品である。
私は、12日の研究授業の方にお邪魔したが、生徒がみんな楽しく授業に参加していた。
先週作りあげた作品をペアになった相手と交換し、まずはよく鑑賞。
ここで知名さんが「折り方や曲げ方を変えて、全く違う作品にしてください」と指示すると、一瞬、驚きが広がった。
申し訳ないような、でも冒険してみたいような複雑な感情で…。でも、一旦手を加え始めると、後はまた楽しい造形の時間に。
更に、今度は、また自分に戻ってきて、作り直す。
これまで自分は人の作品を漫然と観てきたのだなと、この授業を通して気付く生徒もいて、とても良い授業展開だった。
最後には、「モニュメンタルな塊の彫刻から、関係性の彫刻へ」というミニ・レクチャーも知名さんは無難にこなしていた。
私が書いた「彫刻の変容」を読んで、自分で考えた即席レクチャーだったが、数枚のスライドだけで簡潔にまとめてあって、生徒にスッキリと伝わっていた。
高校教育実習でなかなか良い授業実践が出来たので、オープンキャンパスの模擬授業も知名さんに行ってもらうことにした。
琉球大学のオープンキャンパスは午前の部、午後の部があり、この年はほぼ同数の参加だった。
暑い日差しの中で集合して、各専修の会場に分かれて来た高校生たちは、まず、ジュースを提供され、何の疑いも無く飲み干し、「このパックが今日の作品の材料なんだ」と知るという素晴らしい流れで始まった。
2時間弱という少々短めの時間のうえ、参加している高校生は美術志望ということで、丁寧に凝った作品を作り出し、なかなか仕上がりそうにない。
ペアの生徒と作品を交換してもらう予定の時間になってもまだまだ完成は遠そうだった。
知名さんは「どうしましょうか」とソワソワし出した。
こういう展開なら、初めの予定(作った作品をペアの人と交換して制作、その後、また交換して、元々自分が制作した作品をもう一度作り変える)通りではなくて良いので、まずはじっくりと制作してもらい、一度交換するだけにした方が良い。
知名さんと相談して、そう決めた。
こういう時は、状況を見て、臨機応変に。
帰宅してから、ゆっくり作り変えてみて下さい。
制作の様子を短くまとめたショートムービーです。
午前の部、午後の部と分けて、作品の形態の変化を追ったショートムービーです。
この年2018年に、琉球大学が「夏休み学童保育」を実施することになり、4年生が揃って企画応募した。
前半が内間汐梨さんリーダーの「身近な植物で染める」、後半が知名美咲さんリーダーで「紙彫刻」。
子どもたちは、前半で力を出し尽くし、後半の「紙彫刻」の時間は大半がもうお疲れモード。
それでも、デモ映像の「パックがへんしん」を食い入るように見つめる少年が一人いた。
おやつ休憩の時間に配られたジュースの紙パックがこの日の作品の材料!というのは、もうお決まりのコース。
彼は、飽きることなく次々と作品を作り続けて、お母さんが迎えに来ても、最後の作品が完成するまで帰ろうとしませんでした。
知名さんは、中学生や高校生に指示したように、紙パックを切り離さずに制作させたかったようですが、この子たちにはそれは無理な話。
みんな自由に切り刻んでいました。
その中で、彼女は、パックの形をうまく活かしながら、何かお話を考えているのか、想像力を働かせながら嬉しそうに作っていました。
完成した時の幸せそうな顔…
ブランコを作ったそうです。
彼女、何か知名さんとお話ししているなと思って見ていたら…、
どんどん繋ぎ始めました。
ここは広い多目的教室です。どんどん延ばせます。
これこそまさに自発的な「造形遊び」。
附属実習の時とは違い、今度は彼女の心の動きまで共有できて、知名さん、良かったですね。
「夏休み学童保育」のショートムービーです。
付録
ジュースの紙パックを使っていろいろ試作している時、こんな試作品も作りました。
台座のない面的な彫刻ということで、アンソニー・カロを意識して黄色に着色してみました。
別の角度から撮影。
紙パック彫刻を作りながら食べていた氷あずきの容器です。